2.神学の始まり―啓示について

[目次]
2-1. 神学の足場とは?
2-2. 一般(自然)啓示とは?
2-3. 特殊啓示とは?
2-4. 教会・神学の歴史
2-5.「神学とは何か」の問い直し



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2-1. 神学の足場とは?

神学=神のことを考えること
⇒では、人はどうやって人知を超越した神を知りうるのか?


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2-2. 一般(自然)啓示とは?

・「天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。」(詩編19:1)
・「何事のおわしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」(西行法師)
・・・大自然の中に神様のみわざを見る、自分を超えたものへの思いを馳せる

⇒しかし、それなら「キリスト教の神」でなくともいいのでは?
・・・ここに神学の足場は置けるか?


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2-3. 特殊啓示とは?

人間の歴史の中に、御言葉をもって、ご自身について示された/語られた/働かれた

a, イスラエル民族(旧約聖書)

旧約聖書:イスラエル民族の中に働かれる神の姿
・・・どうしてイスラエル民族?
→「神がそうされたから」以外に理由は無い。
⇒神学の足場は、抽象的な理論・思想ではなく具体的な歴史・民族を通して

b, イエス・キリスト(新約聖書)

イエス・キリスト
=神の究極的な啓示、絶対的な規範

例、「神は愛である」
・・・この御言葉は、人間の思索から出てきたものではない。聖書を通した神の具体的宣言。

では、このイエスをどう見つめるか?

例、マタイ16章

イエス「あなたはわたしを何と言うか」
ペトロ「あなたは神の子キリストです」
イエス「人の子は十字架にかけられる」
ペトロ「そんなことがあってはなりません」
イエス「サタン、引き下がれ」
・・・これが、神学的対話


「神というのはこうであるべき」 VS 神の自己啓示
⇒人間の思いと神の啓示は衝突する!
・・・衝突を通しての対話


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2-4. 教会・神学の歴史

a, 中世・・・「神、教会、世界とはこういうもの」と教会が全て決める

b, 近代・・・あらゆることへの懐疑

・デカルト「我思う、ゆえに我あり」
=疑っている自分だけは疑えない
→「自己」「理性」の重視


・カント「理性の扱えることがらは限界がある」
=神や魂については、理性の範疇外のことにある
→信仰の領域を理性から守ると同時に、倫理について信仰の専門分野とした
・・・しかし、キリスト教は本来的にそういうものなのか?


・シュライエルマッハー「宗教は絶対依存の感情」
=キリスト教は、自分が生きるということを根本的に支え、絶対的な安心感を与えてくれるもの
→人間の感情、宗教体験を神学の基礎とする
・・・しかし、「人間」から神学をしている枠組みから出ていない

c, 現代

20世紀の2つの世界大戦=キリスト教国同士の戦争
→人間への楽観主義/人間の宗教性に基づいた信仰理解の挫折


・バルト「神の言葉の神学」
⇒神学の根拠を、再び「神が何を語るか」」へ!

 


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2-5.「神学とは何か」の問い直し

再び、「神学とは何か」

学問:神について、人が自由に思索し探求するもの
神学:神の語りかけが神学を造る/更新する

∴「今、私たちは神の言葉をどう聴くのか」

「あなたはわたしを何と言うか」「サタンよ引き下がれ」
・・・私たちの信仰告白は常に不十分
⇒しかし、その対話を重ねることこそ!


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参考文献:
・H.G.ペールマン『現代教義学総説 新版』、新教出版社
「Ⅱ 啓示について」(p.57〜85)
・デカルト『方法序説』(岩波文庫、他)
・カント『実践理性批判』(岩波文庫、他)
・シュライエルマッハー『宗教について』(春秋社)
・バルト『ローマ書講解』(平凡社)