1.今、神学をするということ

「神が問われる―私たちの対話的教義学講座」(再)
2018.10.5 石居基夫・長倉崇宣

[目次]
1-1. 教義学とは何か―対話と格闘の学び
1-2. 21世紀の今、神学をするということ
1-3. 日本で、日本人として神学をする
1-4. 神の言葉を聴き・語ることの格闘
1-5. 誰のための神学か



.
.

1-1. 教義学とは何か―対話と格闘の学び

新番組の主題:「教義学」(=信仰の体系的な学び)

何故「教義学」が必要なのか?
「なんとなく」「分かったつもり」「教会ではそれが当たり前」
・・・それは本当に信仰なのか?

「どうしてイエスは神なのか?」「イエスは神なのに人間なのか?」

「自分と違う存在」から問われる時に生まれてくるもの、それが教義学

・違う文化の中にいる人々
・異なる宗教を信じる人々
・神ご自身
・・・対話は信仰の最初から

今の私たちは、何と対話し、何と格闘しているのか?



(約16分)聴取期限12/6…ページトップへ


.
.

1-2. 21世紀の今、神学をするということ

現代という時代

・インターネットの発達によるコミュニケーションの変化
・資本主義の高度化によるグローバル経済
・コンビニエンスストアが象徴する大量消費社会
「本当にこのままででいいのか?」という神の迫り

だから、神学は面白い!
・・・「今、神様はこの状況で何を語っておられるか」を聴く、その格闘が神学


(約8分)聴取期限12/6…ページトップへ


.
.

1-3. 日本で、日本人として神学をする

ある国際会議での、ヨーロッパの神学者の発表後、アフリカの神学者の発言
「あなたの神学は、私の国では何の意味もない。」

これまで、日本の神学は何をしてきたか?
・・・欧米神学の翻訳と学習
⇒日本人に伝わる言葉で神学を紡いできたか?格闘をしてきたか?

転機としての東日本大震災
・・・日本社会の歪み、格差、科学の恩恵と危機
→この危機に日本の神学は向き合っているか?


(約15分)聴取期限12/6…ページトップへ

.
.

1-4. 神の言葉を聴き・語ることの格闘

聖書=啓示の中心(プロテスタント神学の特徴)
⇒どんな風に神学の対話と格闘が起こってきたのか?

旧約の時代:

例、ヨブ記
試練を味わうヨブに語りかける友人たちは、彼らなりの「神学」で慰め説得しようとした
⇒しかしその「神学」に納得できない!・・・全編、神とヨブとの格闘
=ヨブ記の「神学」
・・・旧約の預言者は全てこの格闘をしている

新約の時代:

神の言が肉体をとって世に来た=新しい啓示
「これを何とか伝えたい!」と自分たちなりに信仰を言葉にする格闘
・・・マルコはマルコなりに、マタイはマタイなりに・・・

現代:

では、今、一体誰が、この神学をするのか・・・?
→研究者だけのものではない。私たち一人ひとりが神学者

「なぜ私は祈れないのか?」「なぜ信仰が伝えられないのか?」
・・・そこから既に神学が始まっている


(約16分)聴取期限12/6…ページトップへ

.
.

1-5. 誰のための神学か

マルクス主義的教育学のゼミにて
「石居くん、クリスチャンなの?」
⇒神の問い「石居基夫、お前はそこで何をしている?」

「信仰者としてどうあるべきか、何をすべきか?」
・・・そこに神学が働く

⇒この神学は、一体誰のためのものか?
・・・神学が「自己満足」で終わらないために・・・

誰が、誰を見て、誰と共に、誰のために神学をしているのか?



(約11分)聴取期限12/6…ページトップへ


参考文献:
H.G.ペールマン『現代教義学総説 新版』、新教出版社
「Ⅰ 神学について」「Ⅱ 啓示について」(p.25〜85)