01.キリスト教とは何か

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岩島神父の信仰入門講座の第一回目。
キリスト教を考えるのには何はともあれ「自分」から出発しなければダメだと。
解説書や百科事典では決してわからないもの、それが「信じる」ということなのですね。

 

目次
1-1.人間の根本問題
1-2.人間の究極的な関心
1-3.キリストを通して神の生命に参与する
1-4.聖霊を信じ、教会を信じる
1-5.生き方


 

1-1.人間の根本問題
皆さんも私も、
それぞれ生活のこと、仕事のことなどで頭がいっぱい。
しかし、そうしたことだけでは、
人は多分何か抜けているような気がする。
自分の奥にしまってある、
なんとなくあやふやなもの。
これが中心の問題。
だから信仰入門は「自分」から出発しないと意味がない。


番組を聞く(約8分)
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1-2.人間の究極的な関心
物と人間だけで全部だとしたら、生まれて死んで、それで終わり。
ただし、人間は絶対それじゃ駄目だと思う。
というか、自分で納得しない。
つかめるもの、自分で操作できるものだけを相手にし、
あとは何も信用しないとしたら、それでは本当は自分でも満足できない。
壊れない幸せ、過ぎ去らない愛、死なない命。
人間の中にある宗教的なもの、神につながるもの。
それがキリスト教信仰の根本。
言い換えれば「祈る心」を持った生き方。


番組を聞く(約26分)
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1-3.キリストを通して神の生命に参与する
キリスト教はイエスという方において神が自分自身を示したと信じる。

第二ヴァティカン公会議の「啓示憲章」…
「神はその愛と英知によってご自分を啓示し、
またその意志の奥義を明らかにしようと望んだ。
それによって人々は受肉した御言葉キリストを通じて、
聖霊において父に近づき、神性に参与する者となる。」

「実際この啓示によって、見えない神が人々を自分との生命の交わりに招き、
これに参与させるために無限の愛をもって、
あたかも友に対するように人間に話しかけられた。」

すべては「キリストにおいて」。
そこが、キリスト教の信仰の特徴。


番組を聞く(約16分)
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1-4.聖霊を信じ、教会を信じる
抽象ではない、イエス・キリストを信じるということは。
死んだ組織ではないし、文字の宗教でもない。
それを生かしているのが聖霊。
実際に、神の命に与り続けている人がいるから、
ちょうど松明が受け継がれるように、
その火がずっと伝わってきている。
歴史のイエス・キリストという存在に原点を置いているから。


番組を聞く(約7分)
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1-5.生き方
私は、二十歳の時にこの道に入って、イエズス会という修道会の戸をたたいて、
神父になり、今こういうことをしている。
「『生きる細々としたこと』の奥にある事柄」を大切にしようと思って生きてきた。
この生き方というものは、非常に自分にとってありがたいもの。


番組を聞く(約10分)
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この放送は、岩島神父様が、教会で行っているクリスチャン入門のための講座の収録テープを用いさせて頂いているのですが…

「信じる素地を知ってもらわないと、クリスチャンにはなれません」
いきなり、ちょっと引っ掛かってしまいました。
イエス様だけ信じれば良いのでは?どういうことなんだろう。何だかすごく高い山に登っていくような感じがあります。

「人間には超越の次元というものがあります。平たく言えば「生きているときに祈りのことばを持つ」という事」
超越の次元!?
高い山どころではないですね。。でも、これって私がいつも祈る時も、このような所に置かれているっていうことでしょうか?

「人間の宗教心(=祈る心)と合致するものが、神さまからの働きかけにより、キリストにおいて実現した」
わかるようでわからないような…どうやら、キリストの存在はこの上無い神さまのメッセージという事なのかなと思います。(多分、、)

カトリックとプロテスタントの違い以上に、今まで教会で聴いてきたイエス様へのアプローチと随分違うように感じました。これが、神父さまの言う「自分から始める」という事の中身?高い山に登れば見える景色は凄いのかな。期待しつつ登るぞ!!