07.四つの福音書—キリストにおいて何が起こったのか


 

目次
7-1. 新約聖書の目的と構成
7-2.「聖書は信仰の基準」ということの内実
7-3. まったく斬新な「福音書」というジャンル」
7-4. マルコ福音書—イエス・キリストという福音
7-5. マタイ福音書—インマヌエルという神の意志
7-6. ルカ福音書—イエスの福音の図式


 

7-1. 新約聖書の目的と構成

・新約聖書のテーマ:イエスは何者であるのか

・新約聖書の構成:紀元50~100年の間に執筆・編集
a)共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ福音書)…60~80年代
b)ヨハネ福音書…90〜100年代
c)使徒行伝…70~80年代
d)パウロ書簡…最も古いテサロニケ書は57年頃〜
e)その他の書簡…100年頃

※一部は『イエスとその福音』pp. 23からの引用

番組を聞く(約6分)

 

6-2. 「聖書は信仰の基準」ということの内実

・正典としての成立背景

様々な教典の成立
パウロ書簡:聖書扱いされ、複製保管・教会間で回覧
福音書の成立:地域ごとで別々に作成

収集・選別の過程
〈本当にイエス・キリストを伝えているもの〉を選別する必要性が出てきた。

ひとつとしてグノーシス文書(ユダの福音書)などの存在

2世紀末にはほぼ現在の形となったが、
教会で正式に「新約聖書」として成立したのは4世紀末。

・聖書正典

自分たちが生きている信仰や伝承の中で、
「これだけが自分たちの信仰の基準」というものを確認するプロセス。
客観的基準を示すと同時に逸脱を防ぐ必要性から生じた。

番組を聞く(約12分)

 

6-3. まったく斬新な「福音書」というジャンル

・最初の福音書:マルコ福音書

冒頭の言葉「エバンゲリオーン」
福音、福音書の意。
後に、この種の文体のもの(イエス伝、イエス本)
を福音書と呼ぶようになった。

・イエスについて語る新しい語り方

1. 時間と空間のリアリティ
ガリラヤ、ナザレのイエス、ローマ支配、ゲッセマネ…
2. 人物描写が具体的
ペトロという実名、その細かい性格描写

こうしたことは、古代の記録では珍しい。

・新約聖書の独自性

ユダヤ教、旧約聖書においては、決して人間を主人公にしない。
∴イエスを主人公として描くことは通常考えられないこと。
ここに、新約聖書の独自性とその目的がある。

番組を聞く聞く(約11分)

 

7-4. マルコ福音書—イエス・キリストという福音

・マルコ福音書の主題

「神の子イエス・キリストの福音のはじめ。」(マルコ1:1)

a)はじめ
創世記冒頭の「初めに神は天と地を創造された。」を強く意識…根本的な事柄であることを示唆

b)福音
「福音」=旧約でも使われる言葉。
神の救い、喜ばしいメッセージ (cf. イザヤ書)

c)イエス・キリストの

イエスは言われた。「はっきり言っておく。わたしのためまた福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子供、畑を捨てた者はだれでも、今この世で、迫害を受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける」
(マルコ10:29)

わたしのため=福音のため

「イエス・キリストの」福音
〈イエス・キリストが告げた福音〉というよりも、
〈イエスご自身が福音である〉

d)神の子

マルコ福音書では、「イエスが神の子である」ことを覆い隠すように描かれている。

そこで大祭司が立ちあがって、まん中に進み、イエスに聞きただして言った、「何も答えないのか。これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか」。しかし、イエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。大祭司は再び聞きただして言った、「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか」。イエスは言われた、「わたしがそれである。あなたがたは人の子が力ある者の右に座し、天の雲に乗って来るのを見るであろう」。
(マルコ14:60-62)

・マルコ福音書の構成と主題

「神の子イエス・キリストの福音のはじめ。」(1:1)


「まことに、この人は神の子であった。」(15:39)

全体を通して〈神の子であるイエス・キリスト〉を語る福音書。

番組を聞く(約10分)

 

7-5. マタイ福音書—インマヌエルという神の意志

<マタイ一章>
・長い系図
a)信仰者の父アブラハムの子
b)メシアの到来を告げるダビデの子

旧約聖書の約束を実現する者…メシア

c)男性による系図に入る女性の存在
タマル…近親相姦によって子を生んだ人
ラハブ…異邦人の娼婦
ルツ…異邦人(モアブ人)
ウリヤの妻…ダビデが策略によって奪い取った人妻

これらは〔人類の歴史、罪の歴史そのもの〕を意味する

この中からイエスは生まれた…神の約束の成就

・イエスの誕生

ヤコブはマリヤの夫ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生れになった。
(マタイ1:16)

何故ヨセフではなく、マリヤから?
なぜなら処女懐胎にはヨセフは関わっていない。

イエス・キリストの誕生の次第はこうであった。母マリヤはヨセフと婚約していたが、まだ一緒にならない前に、聖霊によって身重になった。夫ヨセフは正しい人であったので、彼女のことが公けになることを好まず、ひそかに離縁しようと決心した。彼がこのことを思いめぐらしていたとき、主の使が夢に現れて言った、「ダビデの子ヨセフよ、心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」。すべてこれらのことが起ったのは、主が預言者によって言われたことの成就するためである。
(マタイ1:18-20)

イエスの誕生は唯一ただ、神の意志によって

・マタイ福音書の構成と主題

「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。
その名はインマヌエルと呼ばれるであろう。
これは、『神われらと共にいます』という意味である。」(1:23)


「見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである。」(28:20)

イエスは、私たちと共に留まられる神。

番組を聞く(約20分)

 

7-6. ルカ福音書—イエスの福音の図式

<ルカ福音書一、二章>
・ヨハネとイエス

a)二つの受胎告知
洗礼者ヨハネ

ユダヤの王ヘロデの世に、アビヤの組の祭司で名をザカリヤという者がいた。その妻はアロン家の娘のひとりで、名をエリサベツといった。そこで御使が彼に言った、「恐れるな、ザカリヤよ、あなたの祈が聞きいれられたのだ。あなたの妻エリサベツは男の子を産むであろう。その子をヨハネと名づけなさい。」するとザカリヤは御使に言った、「どうしてそんな事が、わたしにわかるでしょうか。わたしは老人ですし、妻も年をとっています。」御使が答えて言った、「わたしは神のみまえに立つガブリエルであって、この喜ばしい知らせをあなたに語り伝えるために、つかわされたものである。時が来れば成就するわたしの言葉を信じなかったから、あなたは口がきけなくなり、この事の起る日まで、ものが言えなくなる。」
(ルカ1:5、13、18-20)

イエスの受胎告知(ルカ1:26、30-31、34-38)

六か月目に、御使ガブリエルが、神からつかわされて、ナザレというガリラヤの町の一処女のもとにきた。すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。」

そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。

御使が答えて言った、
「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。あなたの親族エリサベツも老年ながら子を宿しています。不妊の女といわれていたのに、はや六か月になっています。神には、なんでもできないことはありません」。

そこでマリヤが言った、「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」。そして御使は彼女から離れて行った。
(ルカ1:26、30-31、34-38)


ヨハネとイエスの受胎告知
不信仰と信仰のパラレルな関係の中で、

聖霊により「神の子」が誕生する。

b)マリアとエリサベツの出会い

「主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。」
(ルカ1:43-44)

福音は、洗礼者ヨハネとイエスの出会いからはじまる。

・過越祭の後に神殿に留まるイエス

さて、イエスの両親は、過越の祭には毎年エルサレムへ上っていた。ところが、祭が終って帰るとき、少年イエスはエルサレムに居残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。そして道連れの中にいることと思いこんで、一日路を行ってしまい、それから、親族や知人の中を捜しはじめたが、見つからないので、捜しまわりながらエルサレムへ引返した。そして三日の後に、イエスが宮の中で教師たちのまん中にすわって、彼らの話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。

聞く人々はみな、イエスの賢さやその答に驚嘆していた。両親はこれを見て驚き、そして母が彼に言った、「どうしてこんな事をしてくれたのです。ごらんなさい、おとう様もわたしも心配して、あなたを捜していたのです」。

するとイエスは言われた、「どうしてお捜しになったのですか。わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」。
(ルカ2:41-49)

「過越の祭」、「三日の後」、「宮の中」、「自分の父の家」
…イエスの死と復活

福音はエルサレムにおいてイエスが死に、復活する事で完成する。


既に一・二章において、イエスの福音の図式を描き切っている。
神の子にしてメシアであるイエス・キリストの福音

[福音書]
イエスにおいて何がおこったか。
ここに起こっていることは、通常のことではない。

一人の人物の説いた教え、運命。
同時に、神がこの人間に働きかけた大きな一つの出来事。

番組を聞く(約7分)

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incl_img_03*実は今回、最初はちょっと「お勉強モード」で聞いてしまってたんです。新約聖書の中のこのジャンルは、こういう内容で、いつくらいの時期にできて・・・と。

でも途中から、あれっ?面白いぞ!って思い始めたんです。今では当たり前のように思っているこの聖書だけど、新約聖書が一つの書物になる前には、「新約聖書なきキリスト教」の時代が300年以上もあったんだ!って。これって、江戸時代より長いんですよね・・・うーん。

その時代には、ちょっと前に話題になった「ユダの福音書」のような沢山の自称「聖書」が出てきて、いろんな教えが広まって、教会の中でいろいろな問題が起こって…。そうした問題に対して手紙を書いているパウロも、キリストを信じているという理由で、何度も投獄されているわけで、残っている彼の手紙も獄中で書かれたものもあったり。新約聖書が一つにまとまるまでには、相当のドラマがあったみたい。

その中でも、とりわけ大事なのは、やっぱり「福音書」。とっても細かくイエスのことを物語っている。イエスの出生、その時代、地域社会、その当時の人々の姿…こんなに詳しく描くのは、当時の書物としては異例なんだとか。

よく「共にいる主」っていう言葉が聞かれますけど、人間の営みや時代の中に、神様が共にいて、具体的に働かれて、そして、歴史は動いていく。そういうことを、例えばルカ福音書なんかは一番分かりやすく描いているのかなって思いました。

そして、それは本当は、わたしたちも同じなんですよね。わたしたちも、日々、いろんなことがあって、「神様との関わり」なんて、どこにあるんだろう?っていう感じですけど、でも、そんなひとつひとつが重なって、そして神様の目で見てみると、「これが神の物語か〜」って、あとあと分かってくるのかな、なんて思いました。