20.「教会とキリスト―パウロ、ペトロ、ヨハネ」


 

目次
20-1. 使徒たちの姿—ペトロとヨハネ
20-2. パウロの人物像
20-3. パウロの回心、その内実と背景
20-4. 宣教の表舞台へ
20-5. パウロの宣教旅行
20-6. キリストへの道


 

20-1. 使徒たちの姿—ペトロとヨハネ

ペテロ:
初代教会において最初にリーダーシップをとった人物(cf. 使徒行伝2~3章)
ネロ皇帝時代(A.D.60ごろ)に殉教

ヨハネ:
ヨハネ福音書21:20
「イエスの愛しておられた弟子」
…ヨハネ福音書記者と何らかの関係のある人物

ヨハネ福音書(A.D.90ごろ)…独特の信仰の伝統をベースとする
a. 「しるし」 cf. カナの婚礼
b. 最後の晩餐のイエスの言葉 cf. ヨハネ福音書13~17章
c. イエスの受難、十字架、死、復活 cf. ヨハネ福音書18~21章

番組を聞く(約10分)

 

20-2. パウロの人物像

パウロの言葉:キリスト教信仰の核心を突く

パウロの人物像:
・天才肌
・難しい性格、病身
…頑固、激情家、外見の貧弱さ、多くの欠点

しかし、この人物がキリスト教において重要な役割を果たす

第二コリント4:7
「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。
その測り知れない力は神のものであって、
わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。」
…まさに自らのこと

・国際人
…タルソ出身、当時の国際語ギリシャ語を自由に話す

・熱心なユダヤ教徒


「異邦人の使徒」たるに相応しい人物、神からパウロに託された特別な使命
…ダマスコ途上の回心(使徒行伝9:1-20、A.D.35ごろ)

番組を聞く(約12分)

 

20-3. パウロの回心、その内実と背景

ガラテヤ1:13-17
「ユダヤ教を信じていたころのわたしの行動については、
あなたがたはすでによく聞いている。
すなわち、わたしは激しく神の教会を迫害し、また荒しまわっていた。
そして、同国人の中でわたしと同年輩の多くの者にまさってユダヤ教に精進し、
先祖たちの言伝えに対して、だれよりもはるかに熱心であった。
ところが、母の胎内にある時からわたしを聖別し、
み恵みをもってわたしをお召しになったかたが、
異邦人の間に宣べ伝えさせるために、
御子をわたしの内に啓示して下さった時、
わたしは直ちに、血肉に相談もせず、
また先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、
アラビヤに出て行った。それから再びダマスコに帰った。」

パウロは自らに起こった出来事を
〈人格的な出来事〉として描く
…「自分は完全に変わった」

ガラテヤ2:1
「その後十四年たってから」

14年間の空白期=パウロの不毛の時期
(cf. 第二コリント11:32)

番組を聞く(約12分)

 

20-4. 宣教の表舞台へ

ガラテヤ2:1
「わたしはバルナバと一緒に、テトスをも連れて、再びエルサレムに上った。」
=伝道者パウロ登場の立役者、バルナバ

・エルサレム訪問
ガラテヤ2:2-9
「そこに上ったのは、啓示によってである。そして、
わたしが異邦人の間に宣べ伝えている福音を、
人々に示し、「重だった人たち」には個人的に示した。
それは、わたしが現に走っており、またすでに走ってきたことが、
むだにならないためである。しかし、わたしが連れていたテトスでさえ、
ギリシヤ人であったのに、割礼をしいられなかった。
それは、忍び込んできたにせ兄弟らがいたので
――彼らが忍び込んできたのは、
キリスト・イエスにあって持っているわたしたちの自由をねらって、
わたしたちを奴隷にするためであった。
わたしたちは、福音の真理があなたがたのもとに常にとどまっているように、
瞬時も彼らの強要に屈服しなかった。
そして、かの「重だった人たち」からは
――彼らがどんな人であったにしても、それは、わたしには全く問題ではない。
神は人を分け隔てなさらないのだから――事実、かの「重だった人たち」は、
わたしに何も加えることをしなかった。それどころか、
彼らは、ペテロが割礼の者への福音をゆだねられているように、
わたしには無割礼の者への福音がゆだねられていることを認め、
(というのは、ペテロに働きかけて割礼の者への使徒の務につかせたかたは、
わたしにも働きかけて、異邦人につかわして下さったからである)、
かつ、わたしに賜わった恵みを知って、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネとは、
わたしとバルナバとに、交わりの手を差し伸べた。
そこで、わたしたちは異邦人に行き、彼らは割礼の者に行くことになったのである。」

使徒15:1-22a(「使徒会議」)
「さて、ある人たちがユダヤから下ってきて、兄弟たちに
「あなたがたも、モーセの慣例にしたがって割礼を受けなければ、救われない」
と、説いていた。
そこで、パウロやバルナバと彼らとの間に、
少なからぬ紛糾と争論とが生じたので、
パウロ、バルナバそのほか数人の者がエルサレムに上り、
使徒たちや長老たちと、この問題について協議することになった。
彼らは教会の人々に見送られ、ピニケ、サマリヤをとおって、
道すがら、異邦人たちの改宗の模様をくわしく説明し、
すべての兄弟たちを大いに喜ばせた。
エルサレムに着くと、彼らは教会と使徒たち、
長老たちに迎えられて、神が彼らと共にいてなされたことを、ことごとく報告した。
ところが、パリサイ派から信仰にはいってきた人たちが立って、
「異邦人にも割礼を施し、またモーセの律法を守らせるべきである」と主張した。
そこで、使徒たちや長老たちが、
この問題について審議するために集まった。
激しい争論があった後、ペテロが立って言った、
「兄弟たちよ、ご承知のとおり、
異邦人がわたしの口から福音の言葉を聞いて信じるようにと、
神は初めのころに、諸君の中からわたしをお選びになったのである。
そして、人の心をご存じである神は、
聖霊をわれわれに賜わったと同様に彼らにも賜わって、
彼らに対してあかしをなし、また、その信仰によって彼らの心をきよめ、
われわれと彼らとの間に、なんの分けへだてもなさらなかった。
しかるに、諸君はなぜ、今われわれの先祖もわれわれ自身も、
負いきれなかったくびきをあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。
確かに、主イエスのめぐみによって、われわれは救われるのだと信じるが、
彼らとても同様である」。すると、全会衆は黙ってしまった。
それから、バルナバとパウロとが、
彼らをとおして異邦人の間に神が行われた
数々のしるしと奇跡のことを、説明するのを聞いた。
ふたりが語り終えた後、ヤコブはそれに応じて述べた、
「兄弟たちよ、わたしの意見を聞いていただきたい。
神が初めに異邦人たちを顧みて、
その中から御名を負う民を選び出された次第は、
シメオンがすでに説明した。
預言者たちの言葉も、それと一致している。
すなわち、こう書いてある、
『その後、わたしは帰ってきて、倒れたダビデの幕屋を建てかえ、
くずれた箇所を修理し、それを立て直そう。残っている人々も、
わたしの名を唱えているすべての異邦人も、
主を尋ね求めるようになるためである。
世の初めからこれらの事を知らせておられる主が、こう仰せになった』。
そこで、わたしの意見では、異邦人の中から神に帰依している人たちに、
わずらいをかけてはいけない。ただ、偶像に供えて汚れた物と、
不品行と、絞め殺したものと、血とを、避けるようにと、
彼らに書き送ることにしたい。古い時代から、
どの町にもモーセの律法を宣べ伝える者がいて、
安息日ごとにそれを諸会堂で朗読するならわしであるから」。
そこで、使徒たちや長老たちは、全教会と協議した末、
お互の中から人々を選んで、パウロやバルナバと共に、
アンテオケに派遣することに決めた。」

パウロの福音理解…信仰のみ
=自らの回心体験

異邦人宣教へ

番組を聞く(約10分)

 

20-5. パウロの宣教旅行

・第一次宣教旅行(使徒行伝13~14節)
…小アジアでの伝道、バルナバと同行

使徒14:19-20
「ところが、あるユダヤ人たちはアンテオケやイコニオムから押しかけてきて、
群衆を仲間に引き入れたうえ、パウロを石で打ち、
死んでしまったと思って、彼を町の外に引きずり出した。
しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいる間に、
彼は起きあがって町にはいって行った。
そして翌日には、バルナバと一緒にデルベにむかって出かけた。」

各地で騒動を起こすパウロ

・第二次宣教旅行

バルナバとの離別(使徒行伝15:36-41)

ガラテヤ滞在、パウロの発病?(使徒行伝16:6-10)
→伝道先の予定変更、ギリシャへ

アテネでの伝道失敗(使徒行伝17:16-34)

コリント滞在
第一コリント2:3
「わたしがあなたがたの所に行った時には、弱くかつ恐れ、ひどく不安であった。」

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エフェソ滞在
…ここから伝道の指導(手紙の執筆)

イルリコまで到達
ローマ15:19
「しるしと不思議との力、聖霊の力によって、
働かせて下さったことの外には、あえて何も語ろうとは思わない。
こうして、わたしはエルサレムから始まり、巡りめぐってイルリコに至るまで、キリストの福音を満たしてきた。」

パウロの理解では、当時の世界半分は伝道完了
残り半分の宣教へ

ローマ経由、イスパニア(=スペイン)へ
…自らの使命の終わり

・第三次宣教旅行(使徒行伝21~28章)

エルサレム行き
各地からの献金をエルサレムに持っていき、暴動が起こって起訴される。
ローマ市民として正式な裁判を受けるために、ローマへ護送される。

ローマへ
ネロ帝(A.D.60ごろ)の時に、殉教

聞く(約10分)

 

20-6. キリストへの道

パウロの書簡(新約聖書の大半)
=「自分がキリストを信じることでどれだけ変えられたか」

主の兄弟ヤコブ、ペトロ、ヨハネたち
…パウロとも異なる様々な立場

キリストへの信仰という共通項

キリストへの道・・・時代を越えて今の私たちにも繋がる道

聞く(約3分)

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今回は主にパウロの信仰、伝道の生涯についてのお話しでしたが、

「ユダヤ的な主の兄弟ヤコブ、ぐずぐずしているペトロの様な人もいて、
考えてみれば、下手すると二つの宗教ができていたかもしれないです。」

という岩島神父様の言葉にはびっくりしました。
そんなことを考えてみたこともなかったです。

確かに、パウロってものすごく「一途」です。
でもその分、なれ合いなど一切考えず、内外に衝突しつづけた人生でした。
改めて、半端じゃない人間だなと思います。
ちょっと…近寄りがたいタイプかも。

普通に考えたら、こんな人が突っ走ったら、出来上がったばかりの教会もバラバラになりかねない。
でも、そんな常識をぶちやぶって、
そして、内側にいろんな考え方や矛盾も抱えながら、教会って育ってきたんですね…。

だからこそ、岩島神父様は、パウロについてこんなふうに仰ったのかもしれないです。
「キリストについていくという事は、どれだけでっかい事だったか。」

やれ、あの人がどうだとか、このやり方は上手くないとか、
そんな「みみっちい事」ばっかり、私の目に入ってきてしまいます。
でも、教会の最初から、そういう人間の集まりだったのかも。
ヤコブ、ペトロ、パウロ…。
そういうひと癖もふた癖もある人間たちを用いて、神様は「でっかい事」をなさる。
そして、この私もその群れに加えられている。

やっぱり、本物って凄いなって思います。