1.「神と富」―何を中心に生きるのか

イエスの、ことばの、その根―雨宮神父の福音書講座第1回2018.4.13(雨宮慧・長倉崇宣)

1 「神と富」―何を中心に生きるのか
マタイ6:24〜34、他


聴取期限6/7
(約60分)

聖書を読み解く

「思い悩む」から見える2つのキアスムス(軸対応)

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ポイント
動詞メリムナオー:必要が無いのに思い悩んでいる、の意。否定形で使われることが多い。
●「思い悩む」という言葉から見る2つの軸対応(25節・・・31節以下、31節・・・34節)は、それぞれの軸(26・・・30節、32・・・33節)がその根拠となる。
●よって、全体の構成から「神を中心に置く生活」がテーマで、そのことを悟るため野の花や空の鳥を見よと勧める。つまり神の存在をいかに活き活きと自分のうちに留めるかがこの箇所のポイント。

 

でも、人は思い悩んでしまう…


では、人は何を思い悩む?
ルカ12:16~21の金持ちはこう言った。

私はどうしよう。
私の食物をしまっておく場所がない・・・

私はこうしよう。
私の倉を壊してもっと大きなものを建て、そこに
私の穀物、
私の財産をみなしまい、

こう「自分」に言ってやるのだ・・・

私は、私は、私は・・・。

 

 


メリムナオー(思い悩む)。
それは、生存に関わる重要な事柄に心をとりこにするという言葉。

これはとても大切なこと。
だから、それは「何」かが問題。

マルコ12:41~44の「やもめの献金」の箇所で
イエスは次のように言った。

全ての人は、
彼らに余っているものの中から
(ゼロ)を入れた。

だが、この人は、
彼女の欠乏の中から
彼女の持っているもの全てを入れた。
彼女のビオス(地上の生活、生涯)を。

これは、生き方を問うイエスの言葉。

そして、今日の聖書箇所の直前のイエスの言葉は、

「だれも、二人の主人に仕えることはできない。
あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」